2011年4月8日金曜日

ディジタル・デバイドについて

情報通信技術(特にインターネット)の恩恵を受けることのできる人とできない人の間に生じる「情報格差」のことをディジタル・デバイドと呼んでいます。

情報の伝達手段には対面、紙(新聞など)、放送(ラジオ、テレビなど)、インターネット(ホームページ、YouTube、Twitterなど)が挙げられますが、平時でも地域や年齢層により格差が発生する上、今回の震災のような大規模な災害時には電気、通信などが途絶することで伝達に制約を受けることがあります。

ところで、テレビやインターネットなどのメディアを通じて伝達される「情報」には、以下の3つの課題があると考えます。

①正しい情報か?(誤報、デマではないか?)
「伝言ゲーム」を思い浮かべていただくと、何人もの人を経るうちに表現や解釈が加わって、最初と最後の人の間では全く違う言葉になっていることがありますが、情報のオリジナリティや正確性が損なわれる一例です。
また、情報の発信者や発信源に一定の権威づけがされると、誤った情報やデマが正しい情報として受け取られる場合があります。例えば、「XX省に勤めている人の話」や「著名なXX評論家のコメント」のように肩書きや権威に惑わされたり、多くの情報提供者が書き込むことで「百科事典」として使われているようなサイトで、不確定な根拠に基づく見解・主張が定説のように伝えられる場合もあります。

②必要な情報か?(情報が入手可能か?)
 テレビ放送のように広く大衆を相手に発信されるマスメディアの情報は、仮に一日中画面に目を凝らしていても、ほしいと思う情報にたどり着けないことがあります。情報が大量に氾濫していて、取捨選択することは容易ではありません。
また、情報へのアクセシビリティに制約を受けるケースがあります。視覚や聴覚などに障害をお持ちの方、海外からの渡航者など、誰もが必要な情報を取得できる状況には必ずしもなっていないと思います。

③有益な情報か?(正しい価値や判断材料が付加されているか?)
 福島第一原発の事故では、放射性物質の飛散状況と健康や農作物などへの影響有無の判断基準がセットで提供されてはじめて有益な情報になります。実際にはモニタリングの箇所や回数を充実させ、試算を繰り返さなければ影響を断言することはできないということかと思いますが、利用者が正しい判断を形成するために必要な材料がきちんと付加されているかどうかも重要なポイントです。

つまり、利用者が必要かつ有益な情報にたどりつくためには、障壁を乗り越えて取得した情報の信憑性を自ら判断し、取捨選別しなければならない、ということが大きな課題になっていると思います。

震災に関連するところでは、政府では内閣官房が中心となり、総務省や警察庁など関連省庁が連携して「被災地等における安全・安心の確保対策ワーキングチーム」を立ち上げました。(内閣官房・ホームページ・http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/hisaitiwg/index.html)

特にインターネット上の流言飛語については、総務省から電気通信事業者等に表現の自由に配慮しながら適切に対応し、必要な措置を取るよう求めています。(総務省・ホームページ・http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban08_01000023.html)

「必要な措置」と「表現の自由」のバランスについては意見が分かれるところではありますが、平時においても前述のような課題がありますので、このような災害時には一定の統制があってもいいのではないかと思います。

さて、私自身がどう振る舞うか、ということですが、以下のようなことを実践したいと考えています。

・なるべく、情報源となる人が自ら述べているものを聞く
・日頃から多方面にわたって正しい知識を身につけるよう努め、自身の価値観を高める
・人づてに聞く情報は出所の裏付けが取れないものをむやみに信じない

どれもなかなか難しい指針ですが、情報を取得し利用する際には、常に頭の片隅においておきたいと思います。

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